あと一歩を踏み出せないという人々からの相談
各地でコワーキングに関することや、まちづくり及び創業支援の観点で講演をさせていただいています。講演の後、創業に関して個別の相談を受けることも多くありますが、相談の中には、事業の構想は見えているけれども、あと一歩が踏み出せない、というご相談もあります。そこで、こういった人々のために、創業や起業を前に、とても大切だと思う心の在り方を書いてみたいと思います。創業や起業には様々な知識が必要です。しかし、ここではテクニカルな話ではなく、むしろ心理面が影響して踏み出せない方々に対して、ぜひ読んでもらいたいと思います。
過去や未来の不安は、夢か、もしくはそれと同等である
私たちは何もしないでボーッとしている時に、過去の事を考えたり、未来のことに思い悩んだりすることがあります。これは自然なことですが、ほとんどの場合、今を生きている私たちにとって有益になることはありません。有益かどうかに関わらず、人は自然に思い悩んでしまうものです。過去の事を思い出したり、未来について悩むことがあっても、それが私たちにとって重要なことかどうなのか、その時点では自分自身でよく分かっていないというのが現実ではないでしょうか?脳にはこの判断がつかない、そのように言えるかもしれません。例えば、人は寝ているときに夢を見ます。それは私たちの意思とは関係なく、脳が勝手に映像を見せるように見てしまいます。時に脳は、私たちが体験したことのないことさえ、見せることもあります。私たちの脳にとって、夢を見ることや、過去や未来のことに思い悩んだりすることは、おそらく自然なことなのです。ですから、これから未来を創ろうとする人にとって、この脳の「自然」の働きが、必ずしも有益であるかどうかを疑問視し、考えねばならないのです。私は、むしろ有害な側面の方をフォーカスしてみたいと思います。過去や未来の不安は、夢か、もしくはそれと同等であると考えるべきだと考えています。
物事には優先順位がある
過去の体験を今の自分と切り離せない、そういうこともあるとおもいます。もう二度と失敗しないんだと、記憶に取置きしておくことに意味がある、脳は自然に捉えているのです。辛い気持ちを忘れると、また辛い思いをするのではないか、気持ちの面でもこのようなことから潜在的に切り離さない方が良いと判断してしまっているのかもしれません。そこで、このような場合には脳が「過去」を保持しようとする仕組みを理解し、それをこれからお話しする方法で書き換えることをしてみてほしいのです。創業や起業を目指す人で、過去の体験が悪影響しているかもしれないと思う方は、ぜひやっていただきたいと思います。具体的には、過去を再考し、必要に応じて、その価値をあえて落としてみるという方法です。そのようなことができれば、「過去」をコントロールでき、離れて考えられるようになります。自分と一体だった過去を落とす、というと一見むずかしいことのように思えますが、過去の記憶がどのような価値をもっているか、そのようにもう一つの軸で考えることが重要なのです。過去の価値ということでお話ししていますが、世の中にある価値はそもそも常に変動的です。株やお金の価値もそうですが、常に相対的に動き、上がったり、下がったりしています。ですから、もし必要でないならは、価値が低い状況にあることを脳に教えることが重要です。物事には優先順位をつけねばなりません。大切に考えるべきことは、今と未来にプラスに寄与するものだけで十分だということです。
「今」に照準を合わせることが重要
以下の方法を試してみてください。これにより過去の記憶をコントロールすることが出来ます。まずは過去のことを付箋に書き出して、貼り出してみましょう。 そして遠目で眺めてみます。そして、その過去の付箋が必要であるかと自問し、そして必要なければ、必要ないもののカテゴリーに入れます。必要のない付箋は、価値が低いものとして分類するのです。この行為だけで、価値が低いのだと脳に教えることができます。この一連の行為は、過去の思い出を「今」に物質化させ、議論可能な対象にした上で分類し、視覚的に記憶を上書きすることを行っています。コンピューターのファイルと同じように、まずは蓄積された過去や未来を「今」に引っ張り出して、上書きする。このように、認知の再構築をもって、過去の記憶は上書きすることができるのです。これはビジネスをやる上でも大切な考え方です。過去に囚われず常にフラットな考え方をしようと心がけること、この態度が重要なのです。常に「今」から考え直さねばなりません。
マインドフルネスという言葉を聞いたことある方も多いと思いますが、これは禅から生まれたものであり、宗教色を排したものと言われています。マインドフルネスでは、瞑想状態を作るのですが、その方法論的なエッセンスとして、まずは呼吸にフォーカスを当てることから始めます。呼吸は、まさに「今」に必要な行動であり、自然でありながら、私たちの意志でコントロールすることができるものです。このマインドフルネスや禅が目指している世界は「今」目の前でリアルに起きている事柄に集中することと言えます。過去や未来の不安にとらわれずにいようとする考え方です。ところで、禅がもたらしたものに緑茶がありますが、もともとは茶のカフェインで目を覚まし、今に集中するための宗教的な飲みものでした。「今」に照準を合わせること、これこそが最も重要なポイントであり、未来を作るのは良き「今」に他なりません。
音楽を使って「今」に集中することもできる
トピックを変えてみましょう。私が時々聞いている音楽があります。私は普段仕事を行い、集中しようとする際、ミニマルミュージックを聞くことがあります。この音楽は、音と音を組み合わせただけのものと言うべき、たいへん「素材感」の高い音楽です。音楽というよりも単に音の組合せと言った方が良いかもしれません。このように音楽や芸術の対象があまりにも物質的だと、聴き手側が主体的に読取りにいかねばなりません。人は認知能力を必要とする対象に直面すると、これを読み取ろうとして主体性がざわめきはじめます。人間歴史上近代以降そういった芸術が増えましたが、特に音のつながりだけでできているミニマルミュージックは最たるものです。Steve Reichの音楽は、聴く人自体が彼の音楽を自ら構築しなければなりません。その時に主体性が刺激されるように湧き出てくるはずです。この主体性の発現こそ、「今」を感じる源泉です。今に集中できない時に、聴いてみるのも良いかもしれません。どんな音がどのタイミングで、どう鳴っているか聴きとってみてください。比較的聞きやすい音楽をここに貼っておきます。
人は過去に囚われると感覚が鈍る
サーフィンというスポーツをご存知でしょうか?スポーツの多くがそうとも言えますが、特にサーフィンは「今」に集中していないと全く波に乗れないスポーツです。一見、波の上で自由気ままに動いているように見えますが、実際は、波から推進力を得て前に進むため、人の力は部分的にとどまり、波の力がすべてを支配しています。波は毎回形状が異なるため、上手く乗れるかは、常に波の動きを感じる力が重要です。サーファーはどのような感覚で波に乗っているのかというと、足の裏で波表面の形状や感覚をを感じ取り、柔らかく乗るべきか、体重をかけるべきかを判断しています。そして目は、これから向かう先を見ており、次にどんな崩れ方をするかを追っています。ですので、ほぼ全身の感覚を使って、波の形状と予測を行うことで、うまく波に乗れることができるのです。
台風時の激しい波の場合は特によそ見をする時間もなければ、過去のトラウマを呼び起こす暇がないほど「今」に集中しなければならない、それがうまく波に乗るためにコツです。サーファーたちが全神経を使って波に向かい合うことによって、上手く乗れるのと同じように、普段の私たちも自分の能力を最大限に使って「今」に向き合いたいものです。人は今に向き合っているときに「生きている」心地がするようにできています。 人々がサーフィンにはまる理由は、この感覚であり、 サーフィン経験者なら誰しもが知っていることです。
人の眠っている感覚を呼び覚まし、それを「今」に向け存分に発揮するとき、人は「生きている」という充実感を得ることができます。普段の状態でも目指すべきはこの状態と言っても良いでしょう。
より「今」へ
過去を理由に創業することも良いでしょう。ただし、自分の体験で、かつ最大限「今」の視点でなければなりません。創業は主体性が重要です。主体性とは、自ら考え、自ら決断することです。私は起業で思い悩む方に対し、処方箋として、このような言葉を贈りたいと思います。それは今より「より今へ」。人は、自然に過去や未来の不安に襲われます。それをしっかりと「今」から見つめなおすこと。このことさえしっかりとできれば、健全な判断を失わないようになります。まるで良き船長のように、良き日も悪き日も、気分や状況にとらわれず、しっかりと舵取りをできることが重要です。ぜひ参考にされてください。